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    セザンヌとスーラ

    セザンヌとスーラ (おはなし名画シリーズ)セザンヌとスーラ (おはなし名画シリーズ)
    (2000/08/01)
    西村 和子

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    「今にりんご一つでパリ中をあっと言わせてみせる」20世紀美術の父セザンヌの言葉です。
    点描画法を考えだし、新印象派を創始したスーラ。無口で内気な性格はお父さん譲りです。

    B4変型判 64ページ 定価 3,360円
     
    (セザンヌ)
    1839年、南フランスに生まれたポール・セザンヌは絵が大好きでしたが銀行家の父に画家になることを反対されます。それを説き伏せパリに出たのは22歳のときでした。
    死に対する恐れをテーマにした暗い絵を描いていたセザンヌに自然の美しさを描くことを教えてくれたピサロともこの頃に出会いました。

    ところが、展覧会に出した絵を人々に笑われたセザンヌはその後20年、展覧会に絵をださず生まれ故郷のエクスでサントヴィクトワール山やまわりの風景を繰り返し描くようになりました。しかし、彼の絵を認めたのは少数の友人だけでした。

    「グラス、果物、ナイフのある静物」(1877~1889年頃)はやはり無名だったゴーギャンが買い求め、最後まで手放さなかったという作品です
    セザンヌ
    56歳のときにパリで開いたはじめての個展でやっと人々は彼の絵を認め始めましたが、セザンヌに残されて時間は長くはありませんでした。67歳のとき肺炎にかかり息を引き取ってしまいました。
    翌年、パリでセザンヌの絵を集めた大きな展覧会がひらかれ、人々は彼の絵のすばらしさに改めて気づき、その死を惜しんだといいます。

    (スーラ)
    1859年、パリの裕福な家に生まれたスーラは印象派の絵画に心をうたれます。
    そして印象派の色の使い方を取り入れながら、さらに新しい描き方を考え出しました。それは絵の具を混ぜ合わせず、色々な色の小さな点をカンバスに並べて描く方法で、後に点描画法とよばれるようになります。

    二年かけてこの方法で描いた「グランド・ジャット島の日曜日の午後」には不思議なスーラの世界がありました。

    スーラ

    この絵を出品した展覧会でのスーラの評判はすばらしく、その後ほかの画家も点描画法を取り入れ始めました。
    すると、自分の画法が真似されることを嫌がったスーラは人々を遠ざけ、ひとりで絵を描くことを好むようになります。
    やがて、夜の街に繰り広げられるショーや見世物にも興味を惹かれ、賑やかで動きのある絵も描き始めます。

    本書等を参考に、セザンヌの生涯をこちらに、スーラの生涯をこちらに簡単にまとめています。よろしければご覧ください。


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