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  • 3.晩年(絵:死と生)

    クリムトはマティスのフォーヴィズム、ロートレック、エゴンシーレなどの台頭により人気に陰りが見え始めると、金箔を用いない新たな色彩表現を模索します。
    1911年に制作が開始された「死と生」はローマ国際美術展で第一等を受賞しますが、1915年に母が亡くなるとその3年後の1918年に脳梗塞と肺炎によりその生涯を閉じました。
    クリムトは自画像を描いていません。「絵の題材として自分になど興味がない。私は他人に関心がある。とりわけ女性に。」と日記に書いたというクリムト。自身も性に奔放で、セクシャルな絵も沢山残した彼らしい言葉です。
    その傍らにはいつも死が佇んでいたのかもしれません。
    クリムト
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