2037-10-08(Thu)

対訳 北斎の富士



世界遺産に登録された富士山。
その山に魅せられた江戸時代の天才絵師葛飾北斎によって描かれた28枚の富士山の絵とそれにまつわる「おはなし」を英語と日本語で楽しめます。
B4変形 36ページ 本体価格 ¥2,000(プラス税)
富士山の世界遺産登録、東京オリンピック開催決定に続き「対訳 北斎の富士(Hokusai's Mt.Fuji in Japanese and English)が刊行されました。

大江健三郎氏のノーベル賞受賞講演の翻訳された山内久明先生の格調高い英文付きです。
日本への観光客増加が見込まれる中、英語で北斎や富士山のことを説明できると格好良いですね^^
日本に来られた観光客へのプレゼントにも最適です。

(富士三十六景:神奈川沖浪裏)
この小さな和紙に描かれた木版画を人は一度見たら決して忘れることはないでしょう。
180年前に描かれたこの神奈川沖波裏は世界で最も有名な絵の一つです。
北斎
75歳の時、北斎はこんなことを言っています。
「70以前に描いたものは実に取るに足らないものばかりだ。幾分、物の形と自然の命が分かってきたのは70を過ぎてのことだ」
そして、70歳を過ぎて描いたのが有名な「富嶽三十六景」です。

(富士三十六景:凱風快晴)
「凱風快晴」はごく稀に富士が朝焼けに赤く染まるその瞬間を描いています。
「赤富士」とも呼ばれています。
北斎
富士山は古くから神様が住んでいる山として敬われてきました。
特に日々富士を仰ぎ見て暮らしていた江戸の人々にとって富士山は心の古里でもありました。

(富士三十六景:山下白雨)
「山下白雨」はまだ夏の日射しが残る富士の頂きと夕立に稲妻が走る裾野を一つの画面に描いています。
「黒富士」とも呼ばれ「赤富士」こと「凱風快晴」、「神奈川沖浪裏」とともに北斎の三大富士図とも言われています。
北斎
江戸時代に入ると「身分や貧富の差に関わらず全ての人は富士を拝み登ることで救われる」という富士信仰が広まり、北斎が富嶽三十六景を描き上げた頃には江戸の隅々まで行き渡っていました。

(富士百景:海上の不二)
北斎は富嶽三十六景を描き上げたのち、富嶽百景という絵本を書いています。
富嶽百景の中には「神奈川沖浪裏」とよく似ている絵があります。
北斎
逆巻く荒波の彼方に静かに佇む富士の姿。波の向こうを渡る千鳥の群れはあたかも飛び散る浪頭が変身したようにも見えます。
これは「海上の不二」という絵です。

(富士百景:雪之旦(ゆきのあした)の不二)
「富嶽三十六景」では様々な富士の姿を描いた北斎ですが、「富嶽百景」では富士山を見ている人々に目を向けた絵が沢山あります。
私達はその絵を見て、江戸の人々の暮らしや文化を知ることができます。
北斎
当時の人々はいつでも富士山を拝めるように小さな富士山の形を作って祀りました。不二塚と言って、その数は江戸だけでも百を超えたということです。

(富士百景:盃中の不二)
北斎の富嶽百景には思わず笑ってしまうような絵があります。
中でも僕が好きなのがこれです。
北斎
盃に富士を映して喜ぶお爺さんは北斎の想像上の人物でしょうか?
意外と北斎本人かもしれません。そんなことを空想すると止まらなくなります。

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