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    4.印象派の出発(絵:印象・日の出)

    苦しい生活の中で懸命に絵を描き続けるモネを見守る一人の女性がいました。それはカミーユです。
    30歳のときにカミーユと結婚したモネはパリ郊外にマネの紹介で家を借り、幸せな日々を送ります。
    仲間達の援助もあり、経済的にも落ち着き始めたモネの生活は1873年の世界恐慌で一変します。このことは西洋美術史にも大きな影響を与えます。

    モネは保守化したサロンの代わりに自分達でグループ展を開催することを決意し、参加者集めに奔走します。
    ルノワール、シスレー、ピサロ、セザンヌ、ドガなどに加え、モネを画家へと導いたブータンも、サロンの常連だったにも関わらず、モネの依頼に応じて参加します。
    一方、サロンに認められ始めていたマネはドガやモネの再三の依頼を断固拒否しています。
    ベルト・モリゾは師匠マネの助言に耳を貸さずに参加を決めます。マネの「バルコニー」に描かれた彼女の眼差しから窺える意志の強さは本物だったということでしょう。

    30人ほどの仲間と共に1874年、モネは後に「第一回印象派展」と呼ばれる展覧会を開催します。
    モネが出展した、ル・アーブルの海の夜明けを描いた「印象・日の出」は散々馬鹿にされました。
    「こんなものは絵とは呼べない。ただの印象にすぎない」
    当時の批評家がこの絵を批判するために使った「印象」という言葉が世間に広まり、モネと仲間達は「印象派」と呼ばれるようになります。
    「印象・日の出」は印象派の画家たちの出発を告げる絵になったのです。
    印象・日の出
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    おはなし名画「マネとモネ」の紹介記事

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