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2013-02-07(Thu)

2.殆ど知られていない前半生(富嶽三十六景 御厩川岸より両国橋見)

当時、江戸は人口百万人を有する大都市になっていました。特に隅田川に両国橋がかけられると本所、深川あたりは著しく発展しました。

北斎は幼いころ時太郎と呼ばれ、絵を描くのが大好きな子どもでした。
父親は徳川に仕える鏡師(鏡を作る職人)だったとも言われます。母親は忠臣蔵に出てくる吉良上野介の家来、小林平八郎の孫娘だそうです。
14歳の頃に掘師に弟子入りし木版を掘る仕事を教わり、19歳のときに当時最も人気のあった浮世絵師に入門します。33歳のときに師匠が亡くなると、その後は琳派の絵や森羅万象を手本にひたすら絵を描き続け、39歳で初めて北斎の名を使い、46歳から葛飾北斎の号を用いています。
この頃には絵師として名を知られ、当時の江戸で流行っていた読本の挿絵や戯画、美人画や風景画などを沢山描いています。

写真は富嶽三十六景(御厩川岸より両国橋夕陽見)です。
両国橋の向こうに見える富士山と夕陽、隅田川の波に揺れる小船。富嶽三十六景の中でも独特の雰囲気のある絵です。
北斎
続きはこちらから

おはなし名画「葛飾北斎」の紹介記事

葛飾北斎 (おはなし名画シリーズ)葛飾北斎 (おはなし名画シリーズ)
(2006/12/01)
小澤 弘

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