• 管理画面
  • 2.殆ど知られていない前半生(富嶽三十六景 御厩川岸より両国橋見)

    当時、江戸は人口百万人を有する大都市になっていました。特に隅田川に両国橋がかけられると本所、深川あたりは著しく発展しました。

    北斎は幼いころ時太郎と呼ばれ、絵を描くのが大好きな子どもでした。
    父親は徳川に仕える鏡師(鏡を作る職人)だったとも言われます。母親は忠臣蔵に出てくる吉良上野介の家来、小林平八郎の孫娘だそうです。
    14歳の頃に掘師に弟子入りし木版を掘る仕事を教わり、19歳のときに当時最も人気のあった浮世絵師に入門します。33歳のときに師匠が亡くなると、その後は琳派の絵や森羅万象を手本にひたすら絵を描き続け、39歳で初めて北斎の名を使い、46歳から葛飾北斎の号を用いています。
    この頃には絵師として名を知られ、当時の江戸で流行っていた読本の挿絵や戯画、美人画や風景画などを沢山描いています。

    写真は富嶽三十六景(御厩川岸より両国橋夕陽見)です。
    両国橋の向こうに見える富士山と夕陽、隅田川の波に揺れる小船。富嶽三十六景の中でも独特の雰囲気のある絵です。
    北斎
    続きはこちらから

    おはなし名画「葛飾北斎」の紹介記事

    葛飾北斎 (おはなし名画シリーズ)葛飾北斎 (おはなし名画シリーズ)
    (2006/12/01)
    小澤 弘

    商品詳細を見る
    スポンサーサイト

    コメントの投稿

    非公開コメント

    FBのおはなし名画ページ
    カテゴリ
    紹介されているサイト