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  • 私はフェルメール 20世紀最大の贋作事件

    絵画の真贋鑑定にまつわるミステリー「楽園のカンヴァス」に続き、美術史上最悪の贋作事件を扱った「私はフェルメール」を読みました。
    「人と絵との出会い」は「人と人との出会い」に喩えられます。
    話してみたらなんとなく気が合ったり、一緒にいて楽しいので仲良くなる。恋人であれば一目惚れということもあります。そして深い仲になるにつれ、相手のことをもっと知りたくなる。
    絵との出合いも同じです。第一印象で恋に堕ちることもあれば、何故だか気になる題名も知らなかった絵と気付いたら大の仲良しになっていたり、、、

    話がこんな風に美しく終われば贋作問題などは起きないのでしょう。
    美術の世界では真作か贋作かで扱いが天と地ほど変わります。高価な額で売買され、一流の美術館に飾られていた絵画も、贋作と判定されるとその価値は半減します。ゴミ同然になることもあります。
    絵は何もしゃべらず、ただそこにあるだけなのに。
    美術界は人間社会の縮図です。専門家と言われる人は大事なものが見えない頭でっかち。その判断に多くの人は惑わされ、自分で判断することすらできなくなっている。それがどういう絵なのかより、権威のお墨付きや誰が描いたのかなどのバックボーンの方ががずっと大切。
    そんな彼らをほくそ笑みながら眺めている贋作者も、内心、いつばれるかとひやひやしています。ばれるのは専門家の見識眼によってではなく、大抵はちょっとした事務ミスや科学調査によってですが。

    でも、確実に純愛もある。美しい花も咲いているのです!
    贋作と分かっても「絵に愛着があるので本物かどうかはどうでもいい」と言って絵を手放さないコレクターもいます。
    美術館で無心に絵を心を通わしている子どもたちもいます。
    それを忘れると暗い気持ちになってしまいます。

    最後に本書中で「そうだよね」と思った言葉を二つ。
    「子どもは皆、芸術家である。問題は大人になってからもいかにして芸術家であり続けるかだ」(パブロ・ピカソ)
    「我々は見抜かれてしまう出来の悪い贋作についてしか語れない。出来の良い贋作は今なお壁に掛っているのだから」(テオドール・ルソー)
    私はフェルメール 20世紀最大の贋作事件私はフェルメール 20世紀最大の贋作事件
    (2007/09/06)
    フランク・ウイン

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