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  • 6.大作の制作と人気の陰り(絵:夜警)

    幼い子ども3人に続き、愛する妻サスキアを亡くした1642年、レンブラントは大作「夜警」を描き上げています。
    「テュルプ博士の解剖学講義」と同じく集団肖像画ですが、芸術性や物語性の追求はさらに顕著になっています。まるでドラマの一場面のようです。
    この絵は縦3メートル63センチ、横4メートル37センチという画面の巨大さ、光と影の巧みな使い方も相まって、絵を見る人々の心に強い印象を残し、レンブラントの代表作となりました。
    ところが、当時のオランダでは集団肖像画の依頼人が割り勘(Dutch account)で絵の代金を支払うのが一般的であり、光を当てられなかった人たちからは不平や苦情の声も上がりました。この頃からレンブラントの人気に陰りが見え始めたのは、このことが一つのきっかけになったとも言われます。(ただし、この説は現在では単なる伝説とされています。)
    さらに、1652年にオランダとイギリスが戦争を始めるとオランダの人々は絵を買うどころではなくなります。ますますお金が入らなくなったレンブラントは借金の取り立てに追われ、1656年、50歳のときに破産します。
    レンブラント
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    おはなし名画「フェルメールとレンブラント」の紹介記事

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    森田 義之

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