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2012-05-22(Tue)

1.華やかな生涯(絵:接吻 by クリムト)

謎に包まれた宗達の生涯と違い、光琳の生涯はかなり分かっています。
光琳は1658年、京都の裕福な呉服屋の次男として生まれました。幼い頃より父から絵や書などの手ほどきを受け、また光悦や宗達の作品にも身近に触れて成長しました。

光琳が本気で絵師の道を志したのは40歳の頃でした。
遅い出発でしたが40代中頃には「燕子花図」屏風が生まれ絵師として世に認められます。
47歳のとき初めて江戸に行き大名に仕えて絵を描いていましたが、堅苦しい武家の生活は光琳には合わず、5年程で京都に戻り、絵の制作に打ち込みます。

写真は光琳の・・・では勿論、ありません^^。クリムトの「接吻」(1907~1908年)です。
クリムトは光琳の影響を強く受けたことでも有名です。金箔の使い方の他にも遠近法を用いない平面的な画法も光琳の影響だといいます。
200年のときを超えて、、、ロマンを感じます。
クリムト
続きはこちらから

おはなし名画「琳派をめぐる三つの旅」の紹介記事

琳派をめぐる三つの旅―宗達・光琳・抱一 (おはなし名画シリーズ)琳派をめぐる三つの旅―宗達・光琳・抱一 (おはなし名画シリーズ)
(2006/07/01)
神林 恒道

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まとめtyaiました【尾形光琳「群鶴図」】

日本人は古くから自然の姿を描いてきました。琳派の絵師たちも身近な植物や動物などをよく描いています。余分なものを省略したり、画面を整えてより装飾的に表しているのが琳派の特徴です。写真は光琳の「群鶴図」。金地の余白が鶴をくっきりと際立たせています。ワシント...

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