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  • 6.その後の印象派展とモネ(絵:サン・ドニ街、1878年6月30日の祭日)

    印象派展は1886年までの12年間に計8回開催されました。モネは最初の4回と7回目に出展しました。
    少しずつ彼らの名が知られ始めるのと同時にサロンの権威は低下し、画商による個展も開かれるようになります。モネも1880年に最初の個展を開いています。
    印象派展がその役割を終える頃には後にグループ内での意見の対立も目立つようになり、「ポスト印象派」や「新印象派」と呼ばれる若い画家たちも台頭しています。モネは革新でも前衛でもなくなっていました。
    絵画を取り巻く環境は大きく変わったのです。

    丁度、この頃、モネの人気がアメリカで火が着き、このことはモネに経済的な成功をもたらします。
    恵まれた生活ができるようになったモネは人口300人ほどの小さな村ジヴェルニーの川の畔に新しい家を建て、そこに日本風庭園を造成しました。
    そして52歳のとき子どもたちの面倒を見てくれていたアリスと幸せな結婚をします。その頃からモネは庭の池に咲いている睡蓮の花を描くようになりました。

    写真は「サン・ドニ街、1878年6月30日の祭日」(1878年)です。
    1889年のパリ万博の折に建築されたエッフェル塔に象徴されるように、1800年代後半のパリは大改造計画の最中にありました。現在のパリの原型はこの時期に作られました。
    モネの荒々しく素早いタッチから当時のパリのうなるような熱気が伝わってきます。
    モネ
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    おはなし名画「マネとモネ」の紹介記事

    マネとモネ (おはなし名画シリーズ)マネとモネ (おはなし名画シリーズ)
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    辻 茂

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