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  • 桃太郎に見る昔話の変遷

    「昔々、あるところに、お爺さんとお婆さんがいました。お爺さんは山へ芝刈りに、川へ洗濯に行きました。」


    長男(3歳)を寝かしつけるときに桃太郎の話をしたところ、何回も「もう一回お話しして」とせがまれました。昔話には子供の心を惹きつける何かがあるのでしょう。

    さっそく図書館に借りに行きました。

    「桃太郎」という名の絵本はいくつかあったのですがどれもしっくり来ません。
    お爺さんが、爺さまだったり、「山へ芝刈りに行こう」とお爺さんが言ったり、川を流れる桃の様(さま)が「どんぶらこ、どんぶらこ」ではなかったり。

    友達に遊びに誘われても断って寝てばかりいた桃太郎は学業も体育も出来る優等生になっています。
    昔は「きび団子をひとつくれ」と言われても半分しかあげなかったのに、今では「ひとつじゃ足りない、2つやろう」などという豪気ぶり。。。

    「万物は流転する」と言いますが昔話も時代とともに変わるのでしょうか?
    昔話についてちょっと調べてみました。

    昔話は日本全国の囲炉裏端で語り継がれてきたものです。それが江戸時代に「赤本」と呼ばれる絵本となり、明治時代に学校制度が整うと教科書にも取り上げられるなどして国民文学となったのだそうです。

    桃太郎は戦時中は国威発揚に利用され、逆に戦後は厳しい検閲の対象になりました。
    その影響で鬼が差し出した宝物を受け取らない平和主義の桃太郎が現れたりもしたそうです。

    特に驚いたのは江戸時代に流行した赤本の桃太郎は、なんと桃から生まれてなかったのです!!
    桃から生まれたから桃太郎なのに。。。昔話も時代とともに変わるものなのですね。


    赤本版「桃太郎」では川から流れてきた桃を食べたお爺さんとお婆さんが若返り、子どもを授かります。桃は霊力のある植物とされており、その力で若返るということなのでしょう。合理的とは言えるかもしれません。
    ただし、古くから語り伝えられているのは「桃から生まれた桃太郎」です。

    女性の胎内から生まれるのではない「異常誕生」(昔話研究業界ではこう呼ぶそうです)は一寸法師や竹取物語とも共通する昔話の一つの型です。
    これは日本古来の固有信仰である神が異界から人間界にやってきて偉業を為すという「小さ子信仰」につながります。異界と人間界をつなぐ場が桃太郎の場合は桃であり、一寸法師の場合は御椀、竹取物語の場合は竹です。

    少し意外な例としては花咲か爺の犬も川上から流れてきたとする口伝えの話もあり、桃太郎と同様、「小さ子」の一種であった可能性も高いそうです。


    いずれにせよ、昔話は昔のままの方が興味深いと思います。
    妙に合理化したり、時代に迎合して作り直したりせずに昔話の世界観をそのままに伝えて欲しいと思います。


    次回はテレビの普及が昔話に及ぼした影響について「かちかち山」を題材に書こうと思います。
    話のネタは殆どここから持ってきてます。
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    (2008/09/19)
    石井 正己

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