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    レオナルド・ダ・ヴィンチとミケランジェロ

    レオナルド・ダ・ヴィンチとミケランジェロ (おはなし名画シリーズ)レオナルド・ダ・ヴィンチとミケランジェロ (おはなし名画シリーズ)
    (1997/05/01)
    辻 茂、川滝 かおり 他

    商品詳細を見る
    「画家のこころは、鏡のようなものであるべきだ。自然がつくりだす、 あらゆる変化をそのままに描く力をもたなくてはならない。」(レオナルド)
    「僕の彫刻の才能は小さい頃からいつも石と一緒に遊んでいたから芽生えたんだと思う」(ミケランジェロ)

    B4変型判 60ページ 定価 3,058円
     
    今からおよそ500年以上前、イタリアのフィレンツェから西へ40キロほどはなれたヴィンチ村にレオナルド・ダ・ヴィンチは生まれました。

    幼い頃から絵や音楽、算数などにすばらしい才能をみせ、ヴェロッキオという彫刻家のもとで美術を勉強することになりました。

    あるときヴェロッキオは自らが途中まで描いた「キリストの洗礼」という絵をレオナルドに完成してもらうことになりましたが、そこに描かれた天使と風景を見てレオナルドが自分よりもはるかに優れていると感じ、絵をかくことをやめてしまいました。

    ルネッサンス運動の代表的な人物として活躍したレオナルドは「最後の晩餐」や「モナ・リザ」などの傑作を残しました。

    最後の晩餐


    同じ時代にひとりの若い彫刻家がいます。その名前はミケランジェロ・ブォナローティ。

    彼はレオナルドより23年あとにイタリア中部の小さな村、カプレーゼの市長の息子として生まれました。お父さんの市長としての仕事がおわるとフィレンツェの近くの村セッティニャーノにもどりました。

    ミケランジェロはおかあさんのお乳があまりでなかったために石切り場で働く石工の奥さんのもとにあずけられ石をけずる音を聞きながら大きくなりました。

    あるとき彫刻家をめざしメディチ家のひろい庭につくられた彫刻の学校で「牧神」の頭部の像をつくっていたミケランジェロを見たメディチ家主人のロレンツォは早くから彼の才能に気づき大切にしたといいます。

    「ピエタ」や「ダヴィデ」など素晴らしい彫刻を残す一方、壁画を頼まれたことにより絵の世界にも足を踏み入れます。

    天井画をかくときには長い間あおむけの姿勢をつづけなければならず絵の具が筆から顔におちてきたり、喉が痛くなりひふはひきつって目もみえなくなりかけましたがそんな苦労はものともしないはげしい情熱に突き動かされ完成させました。

    ミケランジェロ


    レオナルド・ダ・ヴィンチ亡き後、ルネッサンス運動を引き継いだのは、このミケランジェロでした。

    同じ時代に生まれた二人の大天才。
    影響しあい、競い合い、ますますすばらしい作品をつくったのでしょう。

    本書を参考にレオナルド・ダ・ヴィンチの生涯をこちらに、ミケランジェロの生涯をこちらに簡単にまとめています。よろしければご覧ください。
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