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  • 残酷な昔話と弛緩

    「桃太郎の話②」に「本からの贈り物」のMilestaさんからコメントをいただきました。
    昔話は残酷なところも含めてそのままが良いというご意見です。全く同感です。

    表面的な優しさに流されて作り直された昔話は「弛緩した昔話」と業界(?)では呼ぶそうです。

    例えば「敵討ち」を主題とした昔話には密かなルールがあります。それは「悪さをしたらそれに匹敵する罰を受けなくてはならない」というものです。
    猿蟹合戦で猿が蟹を殺したら、後半で猿は殺されなくてはなりません。因果応報というやつです。

    しかし最近の絵本ではこのルールが緩やかになったものが多くあります。
    「猿も蟹も死なない」パターンもあれば「蟹は死ぬのに猿は謝って許してもらう」パターンもあるそうです。
    「良いことをすれば報われる」「悪いことをすれば罰を受ける」という昔話の本質の部分を変えてしまったら、もうそれは違うお話になってしまうように思います。


    さて、残酷な昔話と言えば「かちかち山」です。

    残酷なことをしでかすのはお爺さんが狸汁にするために捕らえてきた狸です。
    狸はお爺さんが留守中にお婆さんをだまして縄を解いてもらい、そのまま打ち殺してしまうのです。
    そしてなんと!!お婆さんの死体で「婆汁」を作り、それを「狸汁」と称してお爺さんに食べさせるのです。
    何もしらないお爺さんは「この汁は婆臭い」と言いながらも食べてしまいます。狸も婆汁を食べます。
    最後に「婆食らいの爺、流しの下の骨を見ろ」と言って狸は山に逃げて行きます。


    「あまりに残酷な」と思うかもしれません。
    それでも「残酷」の一言で片付けてはいけないと「桃太郎はニートだった!」の作者は言います。
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    (2008/09/19)
    石井 正己

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    現代は人間が引いた境界線により人間と動物の生きる世界ははっきりと分かれています。
    しかし「かちかち山」の設定はそうではありません。人間と動物はもっと近しい存在で、両者の間には食うか食われるかの葛藤があったのだと言います。
    「かちかち山」の対立は自然界に生きる厳しさを伝えているのであり、それを忘れがちな現代人こそ真摯に受け止めなくてはならないということです。

    こういう解釈は実に深くて良いと思います。

    ところが、「かちかち山」も現代では弛緩してしまっています。
    狸をお婆さんを殺さずにいじめて怪我をさせただけになり、兎がお爺さんの代わりに敵を討ちますが狸も死にません。
    反省した狸が二人に謝罪するケースもあるそうです。。。
    子どもへの影響を配慮したのでしょうが、「そういう配慮は浅いなぁ」と思わざるを得ません。


    ただ、残酷な内容が軟化するのには他にも理由があります。

    昔ながらの口伝えの話には絵や映像はつきません。残酷な内容を淡々と語るのと、それを絵や映像にしたときのインパクトは自ずと違ってきます。

    昔話はストーリーを語るだけで描写をしないのが約束なので、絵にしたときのような残酷さはありません。
    メディアの進歩により昔話も変化を強いられてきたという側面もあるのです。

    昔話、思いのほか深いなぁ。
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