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2014-01-07(Tue)

1.マニエリスムの巨匠の誕生(絵:受胎告知)

ダ・ヴィンチやミケランジェロに代表される盛期ルネッサンス直後に一世を風靡したマニエリスムを代表する画家、エル・グレコは1541年に現在のギリシャ領クレタ島に生まれました。
ちなみに、「エル・グレコ」は本名ではなく、イタリア後で「ギリシャ人」を意味するニックネームです。

当時クレタ島はヴェネツィア共和国の支配下にあったこともあり、26歳の時にヴェネツィアに、1570年にはローマにに移り住みます。
エル・グレコは1576年にスペインに移住するまでのイタリア滞在期間にマニエリスムやヴェネツィアルネッサンスの手法を学んだと言われています。

写真の絵は1597年から1600年に制作された作品です。
エル・グレコらしいダイナミックで神秘的な「受胎告知」です。
エル・グレコ
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2014-01-06(Mon)

2.スペインへ(絵:トレド眺望)

エル・グレコはイタリア滞在中はあまり評価されませんでした。
それどころか、厳しい批判に晒されることもありました。その理由の一つは当時、ローマで神のように崇められていたミケランジェロの作品を酷評したからだと言われています。

グレコは1576年に追われるようにスペインに移り住むと、トレドの街で偉大な画家としての道を歩み始めます。
トレドを拠点として活動したグレコは知識人達の間で圧倒的な支持を得て、人気画家としての地位を不動のものにしました。

写真はそのトレドを描いたものです。
16世紀に描かれたものとは思えない、画家の内面が投影されたような迫力のある絵です。
宗教画のイメージが強いグレコの印象的な風景画です。
エル・グレコ
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2014-01-06(Mon)

3.数百年の時を経て(絵:オルガス伯の埋葬)

トレドで画家としての成功を手にしたグレコですが、1614年に亡くなると一気に忘れ去られます。
余りに時代の先を行き過ぎていたのかもしれません。グレコが美術界で再び注目をされるまで250年余り待たなければいけませんでした。
19世紀後半にピカソ等によって見いだされると、グレコの作品はピカソに続くキュビズムの画家達に大きな影響を与えています。

俵屋宗達やフェルメールも死後に忘れられ数百年の時を経て光を当てられるという点が似ています。
不思議なものです。

グレコの最高傑作とも言われる「オルガス伯の埋葬」は縦460㍍、横360㍍という非常に大きな作品です。
トレドにある教会が所蔵しています。いつか見に行きたいです!
エル・グレコ
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