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    1.小さな酒樽(絵:ユディトの帰還)

    サンドロ・ボッティチェリは1445年頃、フィレンツェで生まれました。「ボッティチェリ」は「小さな酒樽」という意味のあだ名です。
    ボッティチェリは食いしん坊で予期でとても愉快な性格の持ち主でした。幼い頃から絵の才能を見せ、15歳になったころにフィリッポ・リッヒという画家の弟子になります。

    メディチ家のロレンツォもボッティチェリの才能と明るい性格に惹かれていた一人です。
    ロレンツォはボッティチェリはに次々に絵を頼みました。ロレンツォは後にミケランジェロの才能も見出しています。芸術に造詣が深かったのですね。

    ボッティチェリは肖像画のほかに聖書や神話の話を元に沢山の絵を描いています。
    1472年、ボッティチェリが描いたといわれる「ユディトの帰還」はイスラエルの少女ユディトが祖国を守るため勇敢に戦ったという聖書の話を描いた絵です。
    敵の大将の首を頭に乗せて運ぶ家来の様子とユディトの堂々とした態度が何とも印象的です^^。
    ボッティチェリ
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    おはなし名画「ボッティチェリと花の都フィレンツェ」の紹介記事

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    2.聖書と神話(絵:パラスとケンタウロス)

    「パラスとケンタウロス」(1482年頃)にはギリシャ神話に出てくる人物が描かれています。
    身体の半分が馬になっているケンタロウスの頭を平和のシンボルであるオリーブの冠を付けたパラスが押さえています。戦争を諫めているという話ですが、いじめっ子といじめられっ子にも見えてしまいます。
    先日の「ユディトの帰還」もそうですが、ボッティチェリの描く女性は凛とした強さがあって良いですね。

    この絵を描いた同じころ、ボッティチェリはローマに招かれてシスティーナ礼拝堂の壁に絵を描く仕事もしています。聖書の話を元に描かれた「モーゼの試練」などの壁画は歴史の流れを超えて今も残っています。

    こうして、ボッティチェリはルネッサンスの中心人物の一人として活動を続けました。
    ルネッサンスとはそれまでの芸術の流れを大きく変えようとする新しい運動です。
    およそ千年もの間、この世界の中心には神様がいると考えられており、芸術も神様のために作られていました。
    ルネッサンスの時代になると、人々は自分たちの持つ能力や愛の素晴らしさに気付き、自分たちのために絵を描いたり、彫刻を作ったりするようになったのです。
    そして、画家たちは自分たちが見たもの、感じたものを活き活きと描き始めました。
    ボッティチェリ
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    おはなし名画「ボッティチェリと花の都フィレンツェ」の紹介記事

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    3.シモネッタ(絵:春_ヴィーナスの誕生)

    ボッティチェリの代表作の一つ「春」はフィレンツェを治めていたメディチ家の息子ジュリアーノの恋人シモネッタを描いたものです。心の優しいシモネッタは町中の誰からも愛されていました。美しいシモネッタのことを愛の女神「ヴィーナス」と呼ぶ人もいました。
    けれどもこの時、彼女は治る見込みのない重い病気に罹っていたのです。ボッティチェリは彼女の美しさを永遠に残すためにこの作品を描いたのです。春の王国を治めるヴィーナスにも、女神たちや大地の精にもシモネッタへの想いが込められています。
    ボッチチェリ

    しかし、この絵の完成を待たずにシモネッタは亡くなってしまいました。ボッティチェリと中の良かったジュリアーノもメディチ家の敵の人たちに殺されてしまいます。
    華やかだったフィレンツェの街も寂れ芸術の中心ももっと賑やかな都市へと流れていきました。
    フィレンツェにとどまったボッティチェリはシモネッタの思い出をもう一度描いてみたいと強く思うようになりました。
    ボッティチェリ
    「春」に描かれたのは大地の実りのなかにいる地上のヴィーナス、「ヴィーナスの誕生」に描かれたのは海の泡から生まれた天上のヴィーナスです。

    一生独身で通したボッティチェリは55歳を過ぎてからは殆ど絵を描いていません。1510年、寂れたフィレンツェの町で65歳の生涯を終えました。
    ボッティチェリのお墓は生まれた家の近くのオニサンティ教会にあります。
    ここには大好きだったシモネッタのお墓もあります。

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