2013-01-11(Fri)

1.ダリ・ランド

髪の毛をワックスで塗り固め、伸ばした口ひげの両端もピンと跳ね上げ、目の周りには眉ずみで黒い影を描いています。
この男の名はサルバドール・ダリ
画家であり、彫刻家であり、ファッション・デザイナーであり、詩や映画を作り、小説も書く天才。
1974年にはダリ自身が設計した「ダリ劇場美術館」がダリの生まれた町フィゲラスで開館しました。
ダリはあるとき友人にこう語ったそうです。
「みんなに楽しんで欲しいんだ。僕は子ども達が退屈するような美術館は作りたくない。
ダリ・ランドは新しい発見への旅であり、魔法の国、神秘の国にしたいんだ。」
この言葉のとおり美術館の中には自由で楽しく奇想天外なダリの作品と、ダリが集めたコレクションで溢れていました。
ダリの顔写真はこちらのリンクからご覧ください。

おはなし名画「ダリ」の紹介記事

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西村 和子

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2.少年時代(絵:アンプルダンの少女)

サルバドール・ダリは1904年、スペイン北東部の小さな町に生まれました。
ダリの反抗的な性格は小学校へ通うようになると目立つようになりますが、絵には強い興味を持ち、10歳の時には印象派に夢中になります。
17歳になるとダリはマドリードの王立美術学校に入学します。ここでもダリは問題児でしたが、美術館には熱心に通い、昔の画家の絵を見て勉強しました。
当時人気のあった印象派の画家たちの描き方も取り入れて描いたダリの作品は少しずつ世間に認められるようになります。
1925年、ダリはバルセロナで初めての個展を開きました。21歳の時のことです。
この個展を見て感動した一人の画家がいました。パブロ・ピカソです。ピカソはダリに「パリに出てこないか」と誘いました。
ダリ
この「アンプルダンの少女」はダリがピカソに会いにパリに向かった時に携えていた絵です。ピカソはこの絵を見て改めてダリの才能を認めました。
おはなし名画「ダリ」

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3.シュールレアリスムとガラ(絵:ポルト・リガトの聖母)

うとする新しい芸術運動が生まれていました。
ダリはたちまちこの運動に夢中になりました。1929年にパリで個展が開かれると、ダリに人々の注目が集まりました。

この年にはダリにとってもう一つ大きな出来事が起こります。
お父さんの別荘がある小さな漁村ポルト・リガトに滞在していたときのこと、遊びに来たシュールレアリスムの詩人エリュアールの妻、ガラと恋に落ちてしまったのです。
ガラはそのまま村に残り、夫と別れてダリとともに生きる決心をしました。
ガラと暮らすようになったダリは次々と傑作を生み出し、ガラはダリの展覧会を開いたり、ダリの作品を高く売ったりするのが上手だったので二人は大きな富と名声を手にします。

リンクの絵は「ポルト・リガトの聖母」(1950年)です。
絵の画像はこちらのリンクからご覧ください。

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4.とろける時計(絵:記憶の固執)

1931年に描かれた「柔らかい時計」はダリの作品の中でも特に多くの人々に親しまれています。
ダリはこの絵についてこんなことを言っています。
「ある晩、夕食にとろけるようなカマンベールチーズを食べた。
その夜、ベッドに入る前、1枚の描きかけの絵に目をとめた。
画面には荒涼とした砂漠の風景が描かれていた。
『この絵には何かが足りない』そう思ったとき、ふと『とろける時計』のアイディアが閃いた。
2時間かけて、その絵に時計を書き足した。」
アリがたかっている時計はとろけて腐敗してしまったのでしょうか?
後に、アメリカ人の画商がこの絵を買い求め、タイトルは「記憶の固執」と改められました。

“The difference between false memories and true ones is the same as for jewels: it is always the false ones that look the most real, the most brilliant.” by Salvador Dalí
「偽の記憶と本当の記憶の違いは宝石のそれと一緒である。最もリアルで輝かしいものが常に偽物だ」(ダリ)
絵の画像はこちらのリンクからご覧ください。

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5.アメリカへ(絵:ビキニの3つのスフィンクス)

ダリの絵は夢や幻想に基づいていますが、綿密に構図を考え何度もデッサンをしています。細々した部分を描くのに虫眼鏡を使うことさえありました。
こうして、ダリ自ら「手で描いた、夢をうつした写真」と呼んだ名作の数々が生み出されました。

ドイツにヒットラー内閣が誕生し、スペインでも内戦が起こり、その後、第二次世界大戦が始まるとダリはガラとともにアメリカに渡ります。アメリカでもダリの人気はたちまち高まり、1941年にはNY近代美術館で展覧会を開いています。
戦争が終わって3年後、スペインに戻る頃にはダリはピカソと並んで世界中に名を知られる画家になっていました。
スペインの人々はこの天才画家を熱狂的に迎え、ダリは勲章を授かりました。

リンクの絵は「ビキニの3つのスフィンクス」(1947年)です。アメリカはこの前年の1946年からビキニ環礁で核実験を開始しています。
一番奥のスフィンクスが核のきのこ雲、一つ手前が木で一番手前が人の頭部です。核は自然を、そして人類を破壊するという暗示でしょうか?

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6.敬虔なクリスチャン(絵:十字架の聖ヨハネのキリスト)

40歳を過ぎてキリスト教の洗礼を受けたダリは、この頃から宗教画を描き始めます。
キリストの磔刑や最後の晩餐、聖母マリアなどの伝統的なモチーフをいかにもダリらしい想像力を働かせて描きました。
1951年に描かれた「十字架の聖ヨハネのキリスト」について、ダリは「夢の中に出てきた宇宙がヒントとなってこの絵が生まれた」と言っています。

キリストを見下ろすというのは神の視点ですね。
画家としては斬新なアイディアなのでしょうが、クリスチャンとしてはどうなんだろうと思わないでもありません^_^;
絵の画像はこちらのリンクからご覧ください。

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7.悲しみの中で(雨後の隔世遺伝の遺跡)

1974年、70歳のときダリが設計した「ダリ劇場美術館」ダリの生まれた町フィゲラスで開館しました。
ゆく手には輝かしい未来だけがあるかのように見えました。
けれども1982年に心の支えであり続けたガラが病気のために亡くなると、ダリは悲しみのあまり部屋に閉じこもってしまいました。
以前から苦しめられていたパーキンソン病も悪くなるばかりです。
さらに2年後の1984年に火事で大やけどを負うと、その後はベットを離れることはできませんでした。
5年におよぶ闘病生活の末、1989年にダリは84年の人生を閉じました。
ダリの希望で遺体は美術館の地下室に埋葬されました。
亡くなる直前までダリが最も大切にしていたものはガラがくれた小さな木のお守りだったといいます。
リンクの絵は「雨後の隔世遺伝の遺跡」(1934年)です。「おはなし名画シリーズ」のダリの巻の表紙に使われている絵です。
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8.アメリカへ(絵:ビキニの3つのスフィンクス)

ダリの絵は夢や幻想に基づいていますが、綿密に構図を考え何度もデッサンをしています。細々した部分を描くのに虫眼鏡を使うことさえありました。
こうして、ダリ自ら「手で描いた、夢をうつした写真」と呼んだ名作の数々が生み出されました。

ドイツにヒットラー内閣が誕生し、スペインでも内戦が起こり、その後、第二次世界大戦が始まるとダリはガラとともにアメリカに渡ります。アメリカでもダリの人気はたちまち高まり、1941年にはNY近代美術館で展覧会を開いています。
戦争が終わって3年後、スペインに戻る頃にはダリはピカソと並んで世界中に名を知られる画家になっていました。
スペインの人々はこの天才画家を熱狂的に迎え、ダリは勲章を授かりました。

写真は「ビキニの3つのスフィンクス」(1947年)です。アメリカはこの前年の1946年からビキニ環礁で核実験を開始しています。
一番奥のスフィンクスが核のきのこ雲、一つ手前が木で一番手前が人の頭部です。核は自然を、そして人類を破壊するという暗示でしょうか?
ダリ
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9.宗教画(絵:十字架の聖ヨハネのキリスト)

40歳を過ぎてキリスト教の洗礼を受けたダリは、この頃から宗教画を描き始めます。
キリストの磔刑や最後の晩餐、聖母マリアなどの伝統的なモチーフをいかにもダリらしい想像力を働かせて描きました。
1951年に描かれた「十字架の聖ヨハネのキリスト」について、ダリは「夢の中に出てきた宇宙がヒントとなってこの絵が生まれた」と言っています。

キリストを見下ろすというのは神の視点ですね。
画家としては斬新なアイディアなのでしょうが、クリスチャンとしてはどうなんだろうと思わないでもありません^_^;
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12.生きている静物(絵:動く生物-早い動き)

50歳を過ぎてからもダリは奇抜な発想で人々を驚かせ続けます。
52歳のときに描いた「生きている静物」では信じられないことに静物が画面の中で動き回っています。
10代のころから静物画の傑作も沢山描いているダリですが、この絵では今までの静物画の考え方を軽々と覆してしまったのです。
ダリって本当に面白いですね!
ダリ
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