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  • 8歳の誕生日

    早いものでもう数日で息子くんは8歳になります。
    その前祝いという訳でもないですが、2年生になってから始めた空手の初めての昇級審査に合格して、やって帯に色が付きました。
    悠太_空手
    思えば1年生の夏休みに転校して以来、学校に馴染むのに時間がかかりましたが、今ではお友達も沢山でき学校に行くのも楽しそうです。今年はなんと皆勤賞がもらえそうです。
    勉強も小学生になってしばらくは周りについていくのが大変そうでしたが、最近は「テストで100点取ったよ!」という嬉しい報告もよく耳にします。九九を覚えるのも時間がかかりましたが完全にマスターしましたし、漢字も毎晩、毎朝頑張っています。
    空手も昨年末の納会で一人ずつ型の演武を披露したときは一人だけ覚えておらず、友達の助けが必要でしたが、3月の審査では堂々とした演武でミスも全くなかったです。

    大丈夫、君は着実に成長しているよ!
    歩む速度を人と比べる必要はないし、地道に努力する姿勢を身に着けたこと、努力が報われる喜びを知ったことは必ず君の将来の力になると思う。
    これからもずっと応援しているよ。
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    カブトムシのカブ

    幼稚園の頃から周りに比べてゆっくりだった我が家の長男君。
    小学校に入っても苦戦が続いています。実際、小学一年生は覚えることが山ほどあります。

    国語では平仮名はあっという間に終わり、カタカナに続き、2学期が終わろうとしている今では漢字も勉強しています。
    算数では繰り上がりの足し算、繰り下がりの引き算もマスターしなくてはいけません。
    ゆっくり君は家でも猛勉強しないと付いていけません。
    そんなわけで今日も我が家では鬼と化した我が妻の怒りの声が轟いています。

    そんな中、学校で飼っているカブトムシの幼虫について書いた作文に光るものを感じました。
    「ろうそくみたいにすべすべ」とか「おさかなのほねみたいなとうめいなあし」などの表現が豊かです。
    カブトムシのカブというネーミングもなかなかです^^。

    表現するのが好きな子なので、この方向で伸びると良いなぁと思います。
    カブトムシ
    学校にカブというカブトムシがいます。
    目のちかくにまあるいあかいところがあります。
    いろはしろです。目のいろはくろです。
    おしりはろうそくみたいにすべすべです。
    おさかなのほねみたいなとうめいなあしが二本ついています。
    ごはんはすなです。
    いっしゅうかんに一ど水をあげます。
    土のうえにおくとじぶんですなの中にもぐってじっとしています。

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    長男へのラブレター

    夏休みに入る前、年長さんの長男のことで幼稚園の先生方から妻に話があったそうだ。
    3月下旬の早生まれのうえに、成長がかなりゆっくりな長男を幼稚園の先生方は心配してくださっているとのこと。

    「とても素直で一生懸命なだけに色んなことが自分だけできないということに気付き始めた彼が不憫だ」
    「小学校での勉強についていけないのではないかと心配」
    「年長さんらしく年中さんや年少さんに色々と教えてあげようとするのだけれど・・・」

    この話を僕にする妻は泣いていた。
    思えば、昨年の暮れに長男が強度の遠視であることが分かったときも、内弁慶な長男が幼稚園の送迎バスで軽いいじめにあっていることを知ったときも彼女は泣いていた。

    僕は毎朝、通勤のついでにバス停まで長男を送っているのでバスでの様子は何となく分かっていたし、視力についても逆に色んなことがそれで合点がいったというくらいで、あまり動じなかった。
    子どもの身に起きたことを我がことのように感じるのが母親の役割で、客観的に俯瞰するのが父親の役割なのかもしれない。3歳で父を事故で亡くしている僕には実感としてよく分からないが。
    いずれにせよ、送迎バス内でのことは幼稚園の先生に、目のことは目医者さんに任せるほかはない。

    とは言え、今回のことは僕にもできる役割がありそうだ。
    冒頭に書いた幼稚園の先生方から妻に話があった夏休み前の時点で長男はまだ平仮名がほとんど読めなかった。
    昨年の12月まで彼の強度の遠視に気づかなかった我々両親の責任も大きいと思った僕はその日以来、長男とのカルタ遊びを日課にした。

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    驚くことに彼はそれから2ヶ月も経っていない(8月1日現在)今日時点でほとんどの平仮名を読めるようになった。(書くのはまだ自分の名前が何とかというレベルで年長さんの中で遅れていることには変わりはない^^;)
    今回の件で「茂樹(僕)も成長が遅かった」と母親が妻に言ったそうだが、字なんて早く読めるようになったからってなんてことはない。
    今の時点で学力についてHow fastを競う意味など全くない。最終的なHow farが重要だ。(幼いうちに劣等感を持ってしまうとすれば可愛そうだが、それも試練だ。)

    長所を伸ばしてあげることも重要だ。
    長男は早生まれにしては身体が大きい。しかも0歳の終わりのころからスイミングスクールに通っていたのだ!
    (3歳までは毎週、日曜の朝10時から親子スイミングに通っていた。僕はとても酒臭かったと思う。)
    その成果で、彼は今でも水泳が大好きで、幼稚園のスイミングの時間は彼の(数少ない)活躍の場となっているそうだ。そのことを知ってから僕は毎週末、長男を市民プールに連れて行っている。
    仕事で疲れた身体にカルタ遊びや灼熱の太陽の下でのプール遊びは疲れるが、それは仕事の疲れとは種類の異なる疲れだ。(違う種類の疲れを掛け合わせると人は消耗するどころか活性化するようだ^^)

    酔っ払って書いているせいか(素面でもそうか?)、話が逸れてしまった。
    この文章は長男へのラブレターだ。夜中に書いたラブレターを翌日には読めたものではないと言う。
    僕は今まで日夜を問わず、ラブレターなど書いたことはないので、この文章を明日読んでどう思うのか想像がつかない。
    言いたいことは僕はそのままの君(長男)を心から愛しているということだ。当たり前だが、君がどういうハンディキャップを背負って生まれてきたか、君をどういう試練が待ち受けているかは関係ない。
    いずれにせよ、多くの場合、人は何らか種類のハンディキャップを抱えながら、いくつかの試練を乗り越えることを宿命付けられている。僕に君がそのハンディキャップや試練を乗り越えるために出来ることがあれば、僕がそれを惜しむことはないだろう。でもそれは結局、君の問題であり僕にはどうしようもない。

    君は我々夫婦が入籍したその月に僕たちの元にやってきて、その翌年、元気に生まれてくれた。
    僕たち夫婦は当然のように二人目が来るものだと思っていたが、なぜだか二人目は何回も途中でいなくなってしまった。僕たち夫婦は(妻だけでなく、この僕も!)このことでは血の涙を山ほど流した。
    多分、君が僕たちの一粒種としてこの世に来てくれたことにも何か意味があるのだろうと思う。僕が3歳のときに父が亡くなったことと同じように。

    僕は君との5年間をとても貴重に思うし、今まで健康に育ってきてくれたことにはとても感謝している。
    大変なこともあった(週末に君が血尿を出して夜中に救急病院に連れて行ったときはドキドキしたよ!)けど辛かったことなんて何もない。全ては良い思い出だ。
    明確な父親像がない僕だけれど、手探りでこれからもやっていこうと思う。どうかよろしくね!

    父親になってきた

    (長男の成長)
    毎朝、幼稚園のバス停まで長男を送るのは僕の仕事です。
    夏休み明けはママと離れるのが辛かったり、台風の風が怖かったりで泣いてばかりでしたが、最近は元気に通園できるようになりました。
    15分程度の道のりですが、貴重な父子のコミュニケーションの時間です。
    甘えん坊なところも、頑張り屋なところも、日々の成長も、沢山見て、感じてきました。
    幼稚園に通い始めた1年半前に比べると足取りも、話す内容も驚くほどしっかりしてきました。

    下の写真は長男(4歳)が幼稚園で作った敬老の日のプレゼント用の作品です。
    ここ数ヶ月で色彩感覚も大分しっかりしてきたようです。
    敬老の日のプレゼント

    (幼稚園での話)
    3月下旬生まれの早生まれで、一人っ子の長男はちょっと甘ったれでシャイ。
    幼稚園では年長さんのお姉ちゃんに可愛がってもらうことが多いそうです。
    ところが、先日、バス停までの道のりでこんな話をしてくれました。
    「最近、小さい子が入ってきたでしょ?(期の途中に3歳児が入園してくるそうです。)ズボンの後ろ前が分からないって言うからから、ハンカチが入ってるほうが前だよ、って教えてあげたんだ。」
    いつの間にか幼稚園という小さな社会の中でお兄さんの役回りも演じるようになっているようです。
    頼もしく思うと同時に、「そんなに急いで成長しなくても良いよ」という気持ちもあります。

    (イクメンの時代)
    イクメンという言葉を耳にしたことはあるでしょうか?
    「育児を積極的に率先して行う男性」を意味する、時代を反映した言葉だそうです。
    とはいえ、幼稚園のバス停にパパが沢山いるかというとそんなことはありません。今のところ僕だけです。
    確かに出社時間は若干、遅くなります。朝9時半前に会議が入りそうなときは事情を話す必要があります。(業務時間が厳格に決められた職務でないのは幸いです。)
    大抵の場合、「偉いね」とか「頑張ってるね」と言われます。「楽しそう」とか「羨ましい」と言われることはありません。
    偉くもないし、頑張ってるわけでもないです。楽しいし、他のお父さんお薦めしたい位です。
    イクメンの時代とは言え、男性の育児休暇取得率はまだまだ低いそうです。まずはこのへんから始めると良いかもしれません。

    (出社前の癒し)
    子どもとの時間を持てるということ以外にも良いことがあります。
    バス停で純真な子ども達と触れ合うとこちらの気持ちも洗われ、癒されます。
    会社では「生き馬の目を抜く」ようなメンタリティを求められます。お金を稼ぐためにはそれも必要なことだと思います。でも、そればかりだと疲れます。
    毎朝、バス停に行くことで穏やかで優しい気持ちで一日を始めることができています。
    このブログを読んでいる(幼稚園に通う子どもがいる)お父さん、やってみませんか?

    便利さと引き換えに・・・

    不器用な子どもにするための便利グッズというブログを読んで考えさせられました。

    便利であることは良いことだし、社会が便利な方向に流れていくのは至極当然のことです。
    でも、便利になることで失われたり、損なわれたりするものもあります。

    ワープロのお陰で元々低かった僕の文字を書く能力は格段に下がりました。Emailのお陰で友人から肉筆の手紙を貰う機会も減りました。
    ネットが日常になった時代に生まれ育った世代はそんなことは考えもしないかもしれません。

    僕の場合、ワープロは社会人になってから徐々に、Emailは30歳くらいから使いはじめました。
    原稿用紙数十枚の論文を手書きしたり、業務報告書の最後の一文字を書き損じたために全て最初から書き直したりというのは確かに不便で非効率的です。そこに戻ろうと言うつもりはありません。

    ただ、かつてないほどに変化が急激な時代に生きる者として、体験した人間でないと分からない「便利になったために失ったもの、損なったもの」をきちんと把握して、次世代に伝えるべきものは伝えていきたいと思います。

    「不器用な子どもにするための便利グッズ」を子どもに与えない知恵もそこから生まれると思います。

    あ、矯正橋・・・。面目ないm(_ _)m
    矯正箸

    子育ての喜び

    幼児虐待のニュースほど胸が悪くなるものはありません。
    こういう事件の影響か子育てに対してネガティブな印象を持つ独身女性も多いようです。
    僕の経験では、子育ては確かに大変で苦労も多いけどそれ以上に感動や喜びに充ちたものです。

    先日、探し物をしていたら産婦人科からプレゼントされた長男の出産シーンのビデオが出てきました。
    難産の記憶が甦ると言って嫌がる妻を強引に誘って一緒に見ました。。
    妻の出血が酷く、血まみれで生まれてきた長男の臍の緒を切る僕の顔はかなりビビッています
    出産シーン

    でも、その目は潤んでいます。
    妻も疲れ果てた顔で長男の名前をうわ言のように繰り返していました。
    妻は「先生、看護婦さん初め病室にいた人全員の呼吸が一つになったと感じた瞬間に長男が出てきた」と言っています。
    皆で「ふっふっふー!!!」と妻の呼吸に合わせて励ましていたのです

    これが長男が僕たち夫婦にくれた最初の感動です。


    長男が乳児の頃、僕の仕事はお風呂とウンチのお世話でした。
    自力では寝返り一つうてない長男の身体を洗っていると愛情がまるで物質のように自分の身体から湧き出てくるのを感じました。
    それは出せば出すほど大きくなる循環するエネルギーでした。

    まさに無償の愛ですね。
    このような愛の存在を身をもって知ることができたのも大きな喜びです。

    (以前に書いた記事を編集して更新しました。)

    公共の場での躾

    公共の場というのは飛行機や新幹線の中とか「子ども連れOKだけど少しフォーマルなレストラン」などのことです。
    そういう所で子どもが駄々をこね始めた場合、親はどう対処すべきでしょう?

    例えばレストランで子どもが「お菓子を食べたい」と言い出したとします。
    我が家では(多くの家庭でそうだと思いますが)食事中にお菓子は食べません。
    当然、家であれば「ダメ!」の一言でお終いです。泣こうが喚こうが構いません。

    でも、レストランだと事情が違います。周りには食事を楽しんでいるお客さんがいます。
    泣き叫ばれると少し困惑します。それを敏感に察した息子はさらに大きな声を出します。
    一人っ子のせいか我がままに育ってしまったようです(T_T)

    さて、どうするか?

    妻は周囲に気を遣うタイプです。他のお客さんに迷惑を掛けることを嫌います。
    なので、割りと簡単に子ども要求を受け入れます。機嫌を取ることもあります。

    僕は「ここで妥協したら味をしめる」と思うタイプです。
    なので、泣き叫んでも相手にしません。一切の「Attention please!」を無視します。
    周りは迷惑ですね・・・。
    ま、僕一人が無視しても意味はないんですが^^;

    どの辺りに線を引くかを含めて難しい問題です。
    この件についてご意見やアドバイスがあれば是非お願いします!

    ちなみに息子は幼稚園の年中さん(4歳)。
    割と年がいってから出来た子どもなので、ちょっと過多かな?と思うくらい愛情を注いでいます。
    近くに住む義父母もそれこそ「目に入れても痛くない」というほど溺愛しています。

    うーむ。。。

    ハワイで英語教育を思う

    ハワイに家族旅行で行ってきました。
    滞在したホテルの部屋から見るオーシャンビューが最高でした。
    Ocean view

    聖地巡りもしました。
    下の写真は11世紀から18世紀の間、多くの王族女性が出産したという「バースストーン」です。
    Birth stone

    公私共に英語環境から離れて5年近く経過した僕にとって英語を話すのは久々であり、それも良い気分転換になりました。
    5年のブランクは思った以上に重く、たどたどしい英語で何とかコミュニケーションを図ったというのが本当のところですが、それでも「日本から来たの?それにしては英語上手いね」と言われたりしました。

    実際、ハワイにいる(特にリゾートホテルに滞在している)多くの日本人は英語を話しません。話す必要もありません。
    例えば、ビーチから買い物、飲食に至るまで殆どの時間をホテルの敷地内で過ごし、それ以外は日本人客相手のツアーに参加するというスケジュールであればほぼ全て日本語で事足ります。

    このような状況はいつまで続くのでしょう?
    今回の旅行ではホテルで見かけるアジア人は殆どが日本人でしたが、外では中国系が多かったように感じました。5年後、10年後には高級リゾートホテルでも中国系アジア人が大半を占めるようになっているかもしれません。
    そうなると、ある程度は英語が話せないとハワイの観光旅行も満足に楽しめないということになるかもしれません。


    以前に英語の早期教育の是非について、どちらかと言うと否定的な立場から意見を書きました。
    下記はその記事のリライトになります。

    来年から小学校の英語必修化が始まります。
    先生の質という問題も含めて賛否が分かれるところです。中には「小学校からでは遅い」と言う人もいます。
    ネイティブ並の発音を身に付けるには幼児期から英語教育を始めるべきという主張です。

    「母国語の習得を妨げてまで急いで英語の勉強をする必要はない」という意見もあります。
    確かに、母国語の能力以上に外国語の能力が高まることはありません。

    それぞれに一理あると思いますが、僕は後者に近い考えを持っています。
    他に母国語を持つ人が英語を母国語とする人と同じような英語を話す必要はないと思います。

    僕はフランスのMBA校に留学した経験があります。授業は英語で行われましたが、教師や生徒は欧州人やインド人、中国人が多くアメリカ人は少数派でした。
    そこで感じたのは一口に英語と言っても沢山の種類の英語があるということです。

    本家本元のBritish Englishに始まり、最大派を争うIndian EnglishとChinese English、思いっきりフランス語のアクセントでこれ見よがしに話すFrench Englishは憧れの対象だったりします。

    American Englishは少数派というだけでなく、独特のくぐもったR音、強弱の激しいイントネーション等、聞いていて疲れるし「洗練された」とか「上品な」という形容詞とはかけ離れた目で見られていた(耳で聞かれていた)ように思います。
    (対フセイン戦争をブッシュが始めた頃で、戦争反対の急先鋒だったフランスの学校という背景もあったのでしょう。)

    欧州人は「自分はアメリカ人ではない」ということを主張するが如くお国訛り丸出しで英語を話します。
    中国人、インド人は「英語はコミュニケーションツール」と割り切っている感じで、これまた強い訛りで捲くし立てます。
    日本人の訛りも負けていないのですが、違うのはフランス人はお国訛りを誇りに思い、日本人はお国訛りを恥に思うということです。インド人、中国人はそんなことは意にも介していないようでした。
    勿論、日本人の中にも(欧州人、インド人、中国人の中にも)American Englishを話す人もいます。ただ、そのこと自体に価値がある訳ではないというのが当時(7年ほど前)のフランスのMBA校での僕の経験です。

    ただ、単なるツールに過ぎない英語の習得に必要以上に時間をかけるのは得策ではないし、英語を話せた方が世界が広がるというのも事実です。
    僕の場合はスタートが遅かったのでかなり時間をロスしました。その意味では10代のうちに習得するのが理想であるとは思います。


    勿論、親が信念を持って子どもに幼児期から英語教育をするのであれば、それも良いと思います。
    何を選んで何を選ばないか、得るものと失うものの選択を自分で考えて決断することが大切なんだと思います。

    べべくん、産まれてきたときの記憶を語る!?

    先日、べべくんが突然産まれたときの記憶?を語りだしました。

    ママと二人でベッドでごろごろしているときに「だっこして!」とべべくんがいうので抱っこするともう重くて重くて。

    「こんな大きな子がママのおなかのなかに入っていたなんて信じられな~い。知ってた?べべはママのおなかの中にいたんだよ」
    「しってるよ。でもべべくん、おじさんがひっぱったからいやだった」
    「おじさんって?」
    「おいしゃさん」
    「うまれてくるとき?痛かったの?」
    「せなかとおしりがいたかった。べべくん、こんなふうにすわってたの」と膝をかかえてみせます。
    「おじさんはどこをひっぱったの?」
    「こことここ」と頭のあたりを指差します。
    「おじさんだけじゃなくて、おねえさんもいた」
    「うまれてきたとき?」
    「うん」
    「パパとママは?」
    「わかんない。べべくん、え~んえ~んって泣いたの」
    「おなかのなかにいたときは何してたの?」
    「電車であそんでた。葉っぱ色とりんご色の電車」
    「ママとパパの声、聞こえてた?」
    「うん、きこえてたよ」
    「へえ。面白いね。べべは一人だったの?」
    「そう。ママのおなかのなか、だれもいなかった。べべくんだけ」
     
     このあと急に興味を失ったべべくんは「もう、おしまい」といってどこかへ行ってしまいました。


     ・・・これはうまれてきたときの記憶でしょうか?

    出産シーン

     もちろん、不思議大好きの私はそうだと思っているのですが、少し検証してみたいと思います。

     べべくんは陣痛がはじまってから4日後に吸引されて生まれて来ました。
     いわゆる難産です。
     病院では「軟産道強靭」といわれましたが簡単にいうと医療難産だったと思います。
     陣痛の大きなうねりがくるまえに病院へ行ってしまったため促進剤を使うことになり、きちんとした自然な陣痛がつかず不自然な激痛が何日も続いたあとの出産でした。

    このときの経験はしばらくトラウマになり、産後、用事でその病院へ入ろうとしても体中に震えがきたほどです。
    だからベベに吸引した話をしたことはありません。

    でも可能性として、大人同士で出産のときの話をしているのをべべが聞いたことがないのか、といわれればそれは分かりません。
    あと厳密にいえばお医者さんがひっぱったとき横で受け取ったのは「おねえさん」ではなくベテランの助産師さんでした・・・。

    けれど頭のこのあたりを引っ張ったというような話は大人の話でもでたことはないし、おなかのなかでの姿勢の話もしかりです。

    ということで我が家では「これはべべくんの生まれてくるときの記憶である」と認定します。

    ついでに前世の記憶とか話しださないかな~。
    今では使われていないどっかの国の古語で話し出す、とか。
     
    な~んてママの期待はふくらむのでした。

    残酷な昔話と弛緩

    「桃太郎の話②」に「本からの贈り物」のMilestaさんからコメントをいただきました。
    昔話は残酷なところも含めてそのままが良いというご意見です。全く同感です。

    表面的な優しさに流されて作り直された昔話は「弛緩した昔話」と業界(?)では呼ぶそうです。

    例えば「敵討ち」を主題とした昔話には密かなルールがあります。それは「悪さをしたらそれに匹敵する罰を受けなくてはならない」というものです。
    猿蟹合戦で猿が蟹を殺したら、後半で猿は殺されなくてはなりません。因果応報というやつです。

    しかし最近の絵本ではこのルールが緩やかになったものが多くあります。
    「猿も蟹も死なない」パターンもあれば「蟹は死ぬのに猿は謝って許してもらう」パターンもあるそうです。
    「良いことをすれば報われる」「悪いことをすれば罰を受ける」という昔話の本質の部分を変えてしまったら、もうそれは違うお話になってしまうように思います。


    さて、残酷な昔話と言えば「かちかち山」です。

    残酷なことをしでかすのはお爺さんが狸汁にするために捕らえてきた狸です。
    狸はお爺さんが留守中にお婆さんをだまして縄を解いてもらい、そのまま打ち殺してしまうのです。
    そしてなんと!!お婆さんの死体で「婆汁」を作り、それを「狸汁」と称してお爺さんに食べさせるのです。
    何もしらないお爺さんは「この汁は婆臭い」と言いながらも食べてしまいます。狸も婆汁を食べます。
    最後に「婆食らいの爺、流しの下の骨を見ろ」と言って狸は山に逃げて行きます。


    「あまりに残酷な」と思うかもしれません。
    それでも「残酷」の一言で片付けてはいけないと「桃太郎はニートだった!」の作者は言います。
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    (2008/09/19)
    石井 正己

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    現代は人間が引いた境界線により人間と動物の生きる世界ははっきりと分かれています。
    しかし「かちかち山」の設定はそうではありません。人間と動物はもっと近しい存在で、両者の間には食うか食われるかの葛藤があったのだと言います。
    「かちかち山」の対立は自然界に生きる厳しさを伝えているのであり、それを忘れがちな現代人こそ真摯に受け止めなくてはならないということです。

    こういう解釈は実に深くて良いと思います。

    ところが、「かちかち山」も現代では弛緩してしまっています。
    狸をお婆さんを殺さずにいじめて怪我をさせただけになり、兎がお爺さんの代わりに敵を討ちますが狸も死にません。
    反省した狸が二人に謝罪するケースもあるそうです。。。
    子どもへの影響を配慮したのでしょうが、「そういう配慮は浅いなぁ」と思わざるを得ません。


    ただ、残酷な内容が軟化するのには他にも理由があります。

    昔ながらの口伝えの話には絵や映像はつきません。残酷な内容を淡々と語るのと、それを絵や映像にしたときのインパクトは自ずと違ってきます。

    昔話はストーリーを語るだけで描写をしないのが約束なので、絵にしたときのような残酷さはありません。
    メディアの進歩により昔話も変化を強いられてきたという側面もあるのです。

    昔話、思いのほか深いなぁ。
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