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  • 1.風流な生涯(絵:夏秋草花図)

    宗達と光琳は京都の絵師でしたが、抱一は江戸の絵師です。
    抱一は江戸時代後期の1761年に姫路城酒井家の次男として江戸の大名屋敷で生まれています。跡継ぎでなかったために自由を許され、趣味や遊びに日々を費やしていたようです。

    そんな抱一は40歳の頃に光琳の絵と出合います。抱一が生まれる50年程前に江戸に来た光琳は酒井家に仕えていたので、ごく自然に光琳の絵が身近にあったのでしょう。
    やがて抱一は自らも絵の道に専念するようになり江戸の地に琳派の心と形を根付かせていきます。

    晩年の代表作「夏秋草花図」は光琳の「風神雷神図」の持ち主から頼まれて、その屏風の裏に描いたものです。
    雷神の裏には雨に打たれる夏草と水かさを増した河を、風神の裏には野分けに打たれる秋草を描きました。
    表と裏とのつながりを持たせ、さらに天と地、神々と自然を対比させたのです。それは表の華やかな金地に対する裏の渋い銀地にもよく現れています
    抱一
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    おはなし名画「琳派をめぐる三つの旅」の紹介記事

    琳派をめぐる三つの旅―宗達・光琳・抱一 (おはなし名画シリーズ)琳派をめぐる三つの旅―宗達・光琳・抱一 (おはなし名画シリーズ)
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    2.琳派の流れ(絵:絵手鑑)

    琳派は日本の伝統的なほかの流派のように親から子へと引き継がれたり、直接、師から弟子へと受け継がれた流派ではありません。
    江戸初期に活躍した俵屋宗達、江戸中期に人気を集めた尾形光琳、江戸後期に脚光を浴びた酒井抱一へと時間も空間も離れえた人々によって受け継がれた芸術の流れです。

    最後に登場した抱一は宗達や光琳と違い、時代の最先端を行く江戸の地で生まれ、育ちました。
    そのため初めから琳派的な世界に憧れていたわけではなく、光琳画との出会いから雅な古き時代への想いを募らせていきました。

    しかし抱一は伝統的なやまと絵の世界にも新しさを求めました。その結果生まれたのが「絵手鑑」のような大胆な作品です。
    思えば、北斎とほぼ生きた時代が重なる抱一。琳派の絵師が描いた富士の山も中々味わい深いですね^^。
    抱一
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