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    1.絵画黄金時代に生まれて(絵:アトリエの画家)

    1607年7月15日、レンブラントはオランダのレイデンという町に生まれました。
    ライン河畔に粉挽きの風車を持つ裕福な両親の間に10人兄弟の9番目の息子として誕生したのです。
    14歳のときに画家を目指して修行を始め、18歳になるとレイデンで仲間の画家たちと一緒に工房を開きました。
    この頃からレンブラントの才能が花開き始めます。
    「あの粉屋の息子は大したものだ」
    「彼はイタリアの巨匠を超えるだろう」
    そんな声が人々の間で上がるようになっていたのです。

    写真は23歳のときに描いた「アトリエの画家」です。描かれた画家がレンブラント自身か否かについては諸説があります。
    アトリエで創作する画家の姿はフェルメールも描いています。当時のオランダの画家たちが好んだ画題の一つでした。
    レンブラント
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    おはなし名画「フェルメールとレンブラント」の紹介記事

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    2.アムステルダムへ(絵:東洋風の衣装をまとった自画像)

    1631年、25歳のレンブラントはアムステルダムにアトリエを移します。
    当時のアムステルダムは世界の貿易の中心でした。
    アジアも含めて、世界中から沢山の貿易品を積んでやってくる商船の帆が立ち並び、その光景は「マスト(帆)の森」と呼ばれるほどでした。
    裕福になった市民は立派な邸宅を建て、そこに競って沢山の絵を飾りました。
    そのためアムステルダムには多くの画家や画商が集まっていたのです。

    この年に描いた自画像ではレンブラントは東洋風の衣装をまとっています。絹の質感が高級そうです。足元にいる犬は狩猟犬のプードルです。
    この絵の身体のバランスを見ると、前回投稿した「アトリエの画家」は恐らくレンブラント自身ではないのだと思います。
    レンブラント
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    3.名声を得て(絵:テュルプ博士の解剖学講義)

    アムステルダムに移った翌年の1632年、レンブラントは「テュルプ博士の解剖学講義」を描き、その名声を揺るぎないものにします。
    当時、オランダでは数人で資金を出し合い、一枚の絵に集団で納まる「集団肖像画」が流行っていました。現在の記念写真のようなものだったのでしょう。

    この絵を依頼したアムステルダム外科医ギルドのメンバー7人も、卒業写真のように一様に正面を向いた絵を期待していたと思いますが、出来上がりはご覧の通りです。
    特別出演の有名な解剖学者テュルプ博士の溢れる威厳、解剖を見守る彼らの真剣な眼差し、そして生気を失った青白い死体。

    ドラマ性のあるこの作品はそれまでの集団肖像画の在り方を一変させる画期的なものでした。
    この成功をきっかけにレンブラントは押しも押されぬ人気画家となります。独立戦争で大活躍した「建国の父」オリニエ公からも注文を受け、そのうち何点かはイギリス国王にも贈られるなど、国内外で名を知られるようになりました。
    レンブラント
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    4.幸せな日々(絵:居酒屋の放蕩息子~レンブラントとサスキア~)

    28歳になったレンブラントはサスキアという6歳年下の女性と結婚します。
    幸福な家庭を得て、レンブラントの創作活動はますます力が入ります。サスキアをモデルにした素晴らしい作品も沢山描き、それらは高い値段で売れました。
    若く美しい妻と、画家として手に入れた名誉とお金。幸せの絶頂にあったレンブラントの暮らしはどんどん贅沢になりました。世界中の美術品や骨董品を買い漁り、レンブラントは浪費家としても有名になりました。

    この頃に描かれた「居酒屋の放蕩息子」は聖書に書かれている放蕩息子が娼婦と酒宴を開き豪遊している場面を画題にした夫婦の絵で、放蕩息子がレンブラント、娼婦はサスキアです。
    「キリスト昇架」など宗教画も多数手がけたレンブラントがこの絵を描いた背景が興味深いです。
    ある種の開き直りなのか、ちょっとした悪乗りなのか、あるいはこれから自分の身に降りかかる悲劇を予感していたのでしょうか?
    二人は実に楽しそうです。
    レンブラント
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    5.襲いかかる悲劇(絵:石の手すりに寄りかかる少女)

    悲劇は突然、やってきます。
    サスキアとの間に生まれた二人の子どもが幼くして次々に亡くなってしまったのです。
    悲しみを紛らわそうとするかのようにレンブラントの金遣いはますます激しくなり、1639年、33歳のときに大金を借りて大きな家を買います。この借金も後々、レンブラントの生活に暗い影を残すことになります。
    そして、この家で生まれた3人目の子どもも育ちませんでした。さらに4人目の子どもティトゥスが生まれた翌年には妻のサスキアが病気でこの世を去ってしまいます。
    この年、レンブラントはサスキアの死に嘆き、悲しみにくれながらも代表作の一つとなる大作「夜警」を完成させました。
    絵に没頭することで悲しみを忘れようとしていたのかもしれません。
    レンブラント
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    6.大作の制作と人気の陰り(絵:夜警)

    幼い子ども3人に続き、愛する妻サスキアを亡くした1642年、レンブラントは大作「夜警」を描き上げています。
    「テュルプ博士の解剖学講義」と同じく集団肖像画ですが、芸術性や物語性の追求はさらに顕著になっています。まるでドラマの一場面のようです。
    この絵は縦3メートル63センチ、横4メートル37センチという画面の巨大さ、光と影の巧みな使い方も相まって、絵を見る人々の心に強い印象を残し、レンブラントの代表作となりました。
    ところが、当時のオランダでは集団肖像画の依頼人が割り勘(Dutch account)で絵の代金を支払うのが一般的であり、光を当てられなかった人たちからは不平や苦情の声も上がりました。この頃からレンブラントの人気に陰りが見え始めたのは、このことが一つのきっかけになったとも言われます。(ただし、この説は現在では単なる伝説とされています。)
    さらに、1652年にオランダとイギリスが戦争を始めるとオランダの人々は絵を買うどころではなくなります。ますますお金が入らなくなったレンブラントは借金の取り立てに追われ、1656年、50歳のときに破産します。
    レンブラント
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    7.描き続けた晩年(絵:パレットと鉛筆を持つ自画像)

    1660年、レンブラントは住み慣れた家を売り払い、小さな家に移り、そこで息子ティトゥスと新しい妻ヘンドリッキェ、彼女との間に出来た娘コルネリアと慎ましやかでありながらも幸せな家族生活を過ごします。
    しかし、それも長くは続きませんでした。
    3年後にヘンドリッキェが、さらにその5年後にはティトゥスが27歳の若さで亡くなってしまいます。
    画家としての人気も落ち、愛する家族を相次いで亡くす中で、レンブラントは一人カンヴァスに向かいます。
    晩年に描かれた自画像は外観を通して内面の精神性を見事に描き出していると評されます。
    この絵から感じられるのは深い悲しみでしょうか、あるいは不思議な暖かさでしょうか?
    1669年、レンブラントが63歳で亡くなったとき、部屋の画架には未完成の絵が置かれたままだったということです。
    レンブラント
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